発表会練習:アンカー練習とは

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この記事では、発表会練習や、曲の仕上げ練習で、実際に生徒さんに指導している「アンカー練習」をご紹介。流れを止めない演奏、弾き崩れ防止を目指し、考え方から実践方法までご紹介しています。

曲を最初から弾けば弾けるのに、

「先生に、途中から弾いてみてと言われると弾けない」

ということはありませんか?

あるいは舞台の本番で、

「一度分からなくなったら、どこから再開すればよいか分からない」

という不安を感じることはありませんか?

南福島ミュージックルームでは、このような演奏崩れへの備えとして

「アンカー練習」

を取り入れています。

アンカーとは、曲の途中に作る、

「ここなら弾き始められる」という場所

です。

曲の中にアンカーをいくつか作り、そこから弾き始める練習をします。

アンカーの場所を決める過程で、曲の構造を理解することができ、

演奏途中に立て直す場所ができることで、流れを止めずに弾くことに繋がります。

アンカーとは「戻れる場所」

anchorは「錨」

英語のanchorは、船をその場所につなぎ止める「錨」という意味です。

演奏指導や演奏家同士の会話では、「anchor」「anchor point」という呼び方が使われることがあります。

ただし、音楽研究で統一された学術用語というわけではなく、

「迷ったときに戻れる場所」
「演奏を支える地点」

という意味から、比喩的に使われている呼び方と考えられます。

南福島ミュージックルームでは、

曲の途中から、確実に弾き始められる場所

演奏中に迷ったときに戻れる場所

を「アンカー」と呼んでいます。

研究では「パフォーマンス・キュー」

音楽演奏記憶の研究では、これと近い考え方として、

performance cue(パフォーマンス・キュー)

という用語があります。

performance cueとは、演奏中に次の音楽を思い出すための手がかりです。

たとえば、

  • フレーズの始まり
  • 曲の構成が変わる場所
  • 特徴的な和音
  • 特徴的なリズム
  • 指使い
  • 強弱や表現の変化

などが手がかりになります。

研究では、演奏者が曲の構造を把握し、こうした手がかりを意識して準備することで、記憶が途切れた場合の回復にも役立つことが報告されています。

教室で使う「アンカー」とperformance cueは、まったく同じ意味ではありません。

けれど、

演奏中に現在地を把握する

必要なときに音楽へ戻るための目印

という点では、よく似た考え方です。

チェックポイントではなく「回復地点」

アンカーは、

「ここまで間違えずに来られた」

と確認するためのチェックポイントではありません。

何か起きたときに、

「ここからなら続けられる」

という回復地点です。

アンカーがあることで、

「一度崩れたら、最初からやり直すしかない」

という状態を減らしていきます。

なぜ曲の途中から弾くの?

最初からしか弾けないことがある

普段の練習では、

曲の最初から弾く

途中で間違える

もう一度最初から弾く

という練習になりやすいものです。

これを繰り返していると、曲の始まりから弾くことには慣れます。

しかし、先生から突然、

「2ページ目のここから弾いてみましょう」

と言われると

「……そこは何の音から始まるんだっけ?」

と、一瞬迷うことがあります。

最初から続けて弾くことと、途中の場所を自分で見つけて弾き始めることは、かなり違うからです。

曲の「現在地」を知る

アンカー練習では、

「今、曲のどこにいるのか」

を掴みます。

たとえば、今いるのは

Aの始まりの音にいる。
2回目のテーマが始まるところにいる。
転調したところ。
静かになる部分。
最後の盛り上がりの前にいる。

というように、区切り感、特徴から現在地を掴みます。

このとき楽譜は、

曲全体が書いてある地図、と意識します。

暗譜していなくても役に立つ

アンカー練習は、発表会の暗譜対策にも有効な方法ですが、

南福島ミュージックルームでは、

流れを止めずに弾く練習として行います。

結果として、発表会にも有効、という考え方です。

舞台の上で、

  • 一瞬、楽譜の場所を見失った
  • 手が止まりそうになった
  • 思った音と違う音が出て頭が真っ白になった
  • 次のフレーズへの入り方が突然分からなくなった

ということがあります。

そのときに、

「次にどこへ進めばよいか」

が分かっていれば、音楽を続けやすくなります。

アンカーはどこに作る?

曲の構造が変わる場所

アンカーにしやすいのは、まず曲の構造が分かりやすい場所です。

たとえば、

  • 新しいフレーズの始まり
  • AからBへ変わる場所
  • テーマが再び出てくる場所
  • 転調する場所
  • 音色や伴奏形が大きく変わる場所
  • 曲の雰囲気が変わる場所

などです。

「ここから新しい場面が始まる」

と分かる場所は、現在地を把握しやすくなります。

不安な場所の「少し前」

練習し初めの頃にやりがちなのが、

難しい場所、不安な場所をアンカーにすること。

ですが教室で指導しているのは、

不安な場所の少し前 です。

難所へ入る前から、難所を抜けたあとまで、

音楽の流れを止めないようにするためです。

たとえば

「20小節目が難しい、それより前で落ち着いて入れるのは17小節目」

という場合なら、

アンカー(弾き始め)は17小節目になります。

その後、20小節目を通り、次のアンカーの直前まで弾きます。

自分にとって分かりやすい特徴を使う

アンカーは、全員が同じ場所である必要はありません。

ある人は、

「左手の和音が変わるところ」

が分かりやすいと感じるし、

別の人は、

「スラーが始まるところ」

が分かりやすいと感じます。

エレクトーンなら、

「音色が切り変わるところ」

が手がかりになる場合もあります。

自分が、

「ここなら分かる」

と思える場所を使います。

多ければよいわけではありません

アンカーは、曲の地図につけた目印のようなものです。

目印だらけにならないように、数を絞りましょう。

位置は、曲の長さ、難しさに合わせて厳選します。

不安だからといって、目印だらけにすると、かえって分かりにくくなります。

実践:アンカー練習をやってみよう

まずアンカーを決める

楽譜を見ながら、

「ここなら弾き始められそう」

という場所をいくつか決めます。

楽譜へ印を付けても構いません。

初めての方は、分かりやすいフレーズの始まりから選んでみましょう。

アンカーから弾いてみる

曲の最初からではなく、決めたアンカーから弾き始めます。

最初の音だけではなく、

  • どちらの手から始まるか
  • 最初の和音
  • リズム
  • 指使い
  • テンポ
  • どんな音で始めたいか

まで思い出してから弾きます。

弾き始めの音だけではなく、

その場所の音楽全体を思い出してから弾いてください。

順番を変えて弾く

アンカーがいくつか弾けるようになったら、

最初から・・は弾きません。

たとえば

アンカー3

アンカー1

アンカー4

アンカー2

というように、ランダムに選んで練習します。

先生や家族に場所を指定してもらっても構いません。

どこを指定されても、その場所を見つけて演奏を始められる状態を目指します。

アンカーから次のアンカーまで

アンカーから弾き始めて、次のアンカーの終わりまで演奏してみます。

ここで、

アンカーとアンカーの繋ぎ目が、スムーズに繋がっているかを確認します。

不安定な繋ぎ目があったら、そこを部分練習します。

アンカー練習は、演奏崩れへの備えだけでなく、

練習が必要な場所を丁寧に確認するためにも有効な方法です。

本番が近づいたら

教室では、本番の数週間前から、

曲の途中から弾き始めるランダムスタート練習を取り入れています。

「最初からじゃないと弾けない」ではなく

「どこからでも弾き始められる」を目指すためです。

突然指示されたタイミングで、どこからでも演奏できるようにしておきます。

本番で何も起こらないようにするためではありません。

何か起きても、音楽の流れを止めないで弾ききるためです。

ピアノエレクトーンの発表会を行うホールの画像

本番で演奏が乱れたら

ミスを直すことより、次へ進む

演奏中に間違えると、

「今の音、間違えた!」と

注意が、間違えた場所に向きます。

つまり、すでに弾き終えた場所へ戻ってしまいます。

ですが、その間にも音楽は先へ進むのです。

教室で、生徒さんたちに勧めているのは、

間違えた!と思った音は無視。

直ぐに次の音楽へ注意向けること

「次へ」

どうしても止まりそうになったら、

  • 伴奏だけでも続ける
  • リズムだけでも保つ
  • 音を減らして進む
  • 次のフレーズへ移る

という方法があります。

そして次のアンカーへ集中します。

間違えた音に注意が向くと、次の音が疎かになりがちです。

なぜ間違えた?と分析する必要もありません。

分析は演奏が終わってからできます。

本番中に必要なのは、

次へ進むこと

です。

アンカーは「逃げ場所」ではない

アンカーを作る目的は、

「間違えたら、すぐここへ飛ぶ」

ことではありません。

できる限り音楽の流れを続けること。

もし本当に現在地を失ったときにも、

「ここなら戻れる」

という場所を持っておくこと。

その存在が、安心感、落ち着き、頼りになるもの、になり、

流れを止めない演奏を支えます。

発表会の舞台全景写真

目指すのは「間違えない演奏」ではない

ミスを完全になくすことはできない

どれだけ練習しても、本番では予想していなかったことが起こる場合があります。

いつもは弾ける場所で音を外す。
楽譜の場所を一瞬見失う。
指が思った場所へ行かない。
緊張でテンポが変化する。

だから、

「絶対に間違えないようにする」

ことだけを目標にはしません。

立て直す力も演奏力

演奏が少し乱れても、

  • 次のフレーズへ進む。
  • 流れを取り戻す。
  • 最後まで演奏する。

これも演奏するための力です。

アンカー練習は、その力をつける方法の一つです。

弾き始められる場所=安心できる場所

教室では、生徒に、

「弾き始められる場所=安心できる場所」

と伝えています。

曲の中に、

「ここなら分かる」

という場所が一つある。

さらにもう一つある。

それを増やしていくと、

曲全体の構造も少しずつ見えてきます。

つまり、曲の地図全体を掴んでおくことができます。

演奏中、急に不安や緊張が強くなっても、

「今ここにいる、次はそこへ行く」

と、次の安心地点が見えている状態で演奏します。

そうすることで、音楽の流れを止めずに、

自分の音楽を客席へ届けます。

アンカーは、失敗しないためのお守りではありません。

何か起きたときにも、自分で音楽へ戻り、

自分の音楽を最後まで続けるための、道具、準備です。

舞台の上だけ

アンカー練習は、常に次のアンカーを目指して進む、

自分の音楽を止めないための練習です。

舞台の上で、自分の世界に没入し、自分の音楽を奏でる。

それは、一度でも経験したら忘れられない、幸福な時間です。

舞台の上でしか掴めない幸せを、1人でも多くの方が手にしますように。

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自宅練習で「弾けない原因」を見つけて解決方法を考える練習、年齢別の練習ポイントなど、記事一覧からご覧いただけます。

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参考資料

  • Chaffin, R., Imreh, G.
    “Practicing Perfection: Piano Performance as Expert Memory.” Psychological Science, 2002.熟練ピアニストの練習過程を調べ、楽曲構造とperformance cuesが、演奏記憶を呼び出す手がかりとして使われることを報告した研究です。
  • Chaffin, R., Ginsborg, J., Dixon, J., Demos, A. P.
    “Recovery from Memory Failure when Recalling a Memorized Performance: The Role of Musical Structure and Performance Cues.” Musicae Scientiae, 2023.
    performance cuesと楽曲構造が、記憶が途切れた際の回復にどのように関係するかを検討した研究です。
  • Chaffin, R., Imreh, G., Crawford, M.
    “Practicing Perfection: Memory and Piano Performance.” 2002.熟練ピアニストの練習と演奏記憶についてまとめた書籍です。

この記事について

この記事は、南福島ミュージックルームで実際に行っているアンカー練習と、演奏記憶・performance cuesに関する資料、研究をもとに執筆しています。

「アンカー」「アンカー練習」は、音楽演奏記憶研究で統一された学術用語ではありません。

教室では、曲の途中から確実に弾き始められる場所や、演奏が乱れたときに音楽へ戻るための地点を、分かりやすく「アンカー」と呼んでいます。