この記事では、2歳から3歳の幼児期に、ピアノやエレクトーンのレッスンを始める理由とメリットについて説明します。
音楽教育が、子供の脳の発達にとても重要な役割を果たすことはよく知られています。音楽的な能力だけでなく、認知機能や情緒面の成長にもメリットがあります。
教室では、総合学習+適期指導を長年続けています。その40年近い指導経験から、レッスンの開始年齢は「3歳までに」が最適期だと感じています。そう感じる理由をご説明します。
3歳までに始める理由
①「聞く+動く」を始める最適期だから
聴覚は胎児の頃から成長を続けていますが、脳の神経ネットワークが急速に形成されるのは2〜3歳からです。
1歳ごろのお子様は、聞いて知った言葉と周囲の状況を組み合わせて喋ります。例えば、
目の前にお母さんがいる→「ママ」と言ってみた→お母さんがこっちを見て笑った→「ママ」と言うとお母さんが反応してくれると知る。
というように、周囲の反応や状況と言葉を組み合わせて、言葉を覚えて行きます。
2歳になると知っている単語をくっつけて2語文を話すようになり、3歳に入ると3語文(主語+目的語+述語)も話し始めます。
2歳児の語彙は200~300ほど3歳では1000語にもなります。(言語聴覚士:寺田奈々先生)
それだけ集中して周囲の音を聞いているのです。
短期記憶と運動野の発達
3文語の場合は、3つの言葉を選んで組み合わせて喋ります。ですから、たくさん会話をしていく中で、自然にワーキングメモリも鍛えられて行きます。
この頃には、子供椅子に座ったり、レッスンバックを持って歩いたり、靴とスリッパを履き替えたり、といった体の部位を組み合わせた動きができるようになります。
ペンを握って何かを描いたり、指先で何かを持ったり、手を使った作業もできるようになるので、簡単なタングラムにも取り組めるようになります。
このように2歳〜3歳ごろは、聴覚だけでなく運動機能との統合も進む時期なので、レッスンをスタートするには最適なタイミングなのです。
②音感指導の最適期だから
トレーニングの最適期は臨界期
最も盛んに脳が形作られるのは、2歳から6歳頃と言われています。一般的に音感が発達しやすいと言われるのも、この時期です。
聴覚の発達は胎児の頃から始まっていますが、臨界期(最も成長する時期)は4〜5歳と短く、その後の成長曲線は6歳ごろから緩やかに落ち、8〜9歳で止まります。
臨界期は、音の高さを固定的に記憶する能力が最も発達する時期なので、絶対音感がつきやすいと言われています。
実際の指導でも、トレーニングの進捗が感じられるのはこの時期が多いです。
絶対音感、相対音感とは
絶対音感は、突然聴こえた音であっても、ラだ、#ドだ、と分かる能力です。これは、それぞれの音の高さを記憶してしまう能力です。
対して、相対音感は、事前に聞いた音がミだと知ってから、次に聞いた音がファだと分かる能力です。
ザックリまとめると、1つ1つの音の高さを個別に記憶する能力が絶対音感、他の音と比べて判断する能力は相対音感、と言えます。
2013年の論文ですが、絶対音感をどう捉えるかなどを詳しく知ることができます。日本音響学会誌『絶対音感を巡る誤解』
- 宮崎謙一
- 雑誌名日本音響学会誌巻: 69 ページ: 562-569
- NAID40019822814
- 関連する報告書 2013 実施状況報告書
- 査読あり
絶対音感のメリット
絶対音感は1つ1つの音の高さを他と比べることなく再現できるので、例えば音楽に関することでは、
- 楽器のチューニングをチューナー無しで行える。
- 他の楽器と合わせるのが得意(自分から合わせに行ける)
などがあります。
また、絶対音感保持者には、聞いて覚えた情報を記憶しておく能力が高い方達もいます。多少長い曲でもそのままの調で再現できたり(いわゆる耳コピ)、聞いて覚えた曲は楽譜不要で何曲も弾けたりします。
絶対音感にはデメリットもあります。周囲でいろんな音が鳴っていると集中力が分散してしまったり、一緒に演奏している楽器のピッチが少しでもずれていると気になってストレスを感じたり、気持ちが悪くなったりする場合もあります。
③下準備が必須だから
絶対音感のトレーニングは、あっという間、ほんの数10秒で行います。ですから、集中力と「支持を聞く、音を聞く、答える」はできている必要があります。
臨界期は一生に一度しかなく、4歳から5歳の短い間だけなので、トレーニングに入る前に準備を調えておくことが望ましいです。具体的には、
- 先生の指示を聞く
- 先生の真似をする
- 集中力のトレーニング
- 簡単な数字やひらがな
- さまざまな楽器を鳴らして聞く
- 音楽に合わせて身体を動かす
- ご挨拶などの基本的なレッスンルール
音感トレーニングの最適期と言われる2〜5歳の中でも、最も大切な臨界期。その短い期間を最大限活かすために、プレクラスで1年〜2年間かけてじっくりゆっくり準備を行なっています。
相対音感は必須
教室では、絶対音感を身につけることを第一にはしていません。それよりも、音質の違いや変化、曲の中身や音楽全体の動きなど、音楽的なものを聴き取る力を大切に考えています。
そもそも絶対音感は、1つ1つの音の高さを個別に正確に記憶する能力なので、音楽的に演奏するための能力という意味ではありません。
音楽的な演奏に繋がる、音階の理解や、音の調和の理解、曲の中身や構成の理解に必要なのは相対音感です。
教室のレッスンでも、相対音感のトレーニングを続けている大人の方達は、音感の成長と比例するように、練習の進捗も上がって行きます。
相対音感がついていない状態では、自分が弾いた音が正しいのか間違っているのかを自分の耳で判断できないので、楽譜の音符と弾いた鍵盤の位置をいちいち目で確かめて判断することになります。
相対音感は、音楽の理論や演奏経験を積むことで発達するので、6歳以降もトレーニングが可能です。
ですから臨界期までに絶対音感がつかなかったとしても、音感トレーニングは就学後もずっと続けることができます。
現実的に難しい場合もあります
絶対音感を視野に入れたトレーニングは、1回あたり数十秒という短時間に行います。たくさん出題すると相対音感になってしまうからです。
その代わり、なるべく日を空けずに行います。ですから本当は、ご家庭でも 毎日行っていただいた方が進捗が良いのです。
ですが、注意深く出題する方法や、段階的に進むタイミングなど、ご家庭では見極めが難しいことが多いと思います。
レッスンも、送迎をする保護者さまのスケジュールが合わなかったり、ご家族の介護があったり、経済的な事情があったりと、毎週レッスンに通えない子供達も増えています。
レッスンに来ても、時間が遅くて眠かったり、疲れていたり、保護者様から離れられなかったりして、集中して取り組めないことが多い年齢でもあります。
その場合は、お子様の成長スピードに歩幅を合わせて、長い目で見てあげてください。
ここまでの まとめ
絶対音感を視野に入れても入れなくても、音感トレーニングは臨界期に集中して行うことが重要になります。そのため事前に準備を終えておくことが望ましいです。
適期指導とメリット
2〜3歳のプレクラスからスタートした子供達は、4〜6歳の導入クラスで音感などの土台を築き、就学後に総合学習に進みます。
こうした総合学習+適期指導のレッスンの場合に、プレクラスから始めることで、どんなメリットがあるのかをご説明します。
聴覚と運動機能の統合
先生の指示に合わせて、鍵盤や太鼓で音を出している時、子供達の小さな体の中では「音を聴く、音に合わせて手を動かす、叩いた音を聞く」と、複雑に組み合わせて体を動かしています。
聴覚と運動機能を統合させた動きなので、脳の広い領域に刺激を与えているのです。
集中力と記憶力の向上
レッスンでは、教本で歌うページを開けたり、そこに描かれたものについて話したりします。音楽に合わせて歌ったり、打楽器や鍵盤を鳴らしたり、カードやタングラムなどに取り組むこともあります。
こうした教本を開いたり、先生の真似をして楽器を鳴らす、といった何気ない行動の中にも、実は目的が隠れています。それは、集中力と短期記憶の強化です。
この力は、後の学習能力の基礎を築くことにも繋がります。
感情表現の発達
レッスンでは、イメージを膨らませて気持ちを表現したり、楽譜に描かれた登場人物について想像して、歌ったり、身体を動かしたり、楽器を鳴らしたりします。
音楽の世界で、感情表現をすることは、情緒的な発達にも繋がります。自己表現の方法を学んだり、音楽の世界で情緒のコントロールを学ぶことにも繋がります。
言語発達の支援
レッスンでは、音楽や打楽器のリズムパターンに合わせて、手拍子を打ったり、体を動かしたりします。
リズム感は、言語の抑揚や音節などを聞いて覚える能力に関連しています。そのため、音楽は言語発達にも良い影響を与えると言われています。
社会性と協調性の発達支援
教室では、発表会などを通じて、他の仲間と出会う場があります。発表会に向けたグループレッスンでは、家族やお友達と一緒に歌ったり弾いたりすることもあります。
こうした練習では、他の人の音を聞きながら息を合わせて歌う、弾く、といった練習をたくさんします。そこで子供達は、合った・ずれた、という経験をします。
お互いにそうした経験をすることで、この先の協調性やコミュニケーション能力の発達に繋がる第一歩となります。
イヤイヤ期の練習
2歳から3歳になると、お子様の自己主張が始まります。いわゆる「イヤイヤ期」と呼ばれる時期は、お家での練習にも工夫が必要です。
遊びの要素を取り入れる
楽しく学べるように、ゲーム感覚で進める方法にします。
例えば、よーいどん!で黒い鍵盤だけを全部叩く。ド全部、レ全部など、決まった鍵盤だけにペットボトルの蓋を早く置く、といった方法です。
こういった視覚的な要素や、速さを取り入れた方法は、喜んで取り組むお子様が多いです。
プレクラスには、手遊び歌の宿題もあります。ただの手遊び歌に見えても、実は聴覚、リズム感覚、記憶力、手指との協調運動が必要になるトレーニングです。
毎日のお風呂タイムで取り組めるので、ぜひ一緒に歌ってあげてください。
無理な強制を避ける
イヤイヤ期は、無理にさせるのではなく、興味を持つよう誘導することが大切です。
教室の宿題には、お子様が先生役になって次のレッスンまでに保護者様が歌える(弾ける)ように教える、という課題もあります。
この課題は一生懸命取り組んでくれるお子様が多いです。次のレッスンでママが弾けなかったら‥と思うと、必死になってくれます。
お子様が弾いてくれなくても、教えることで「思い出し」に繋がりますし、保護者様がなかなか弾けない生徒役になることで、結果として何度も取り組むことに繋がります。
短時間で集中する
お子様の集中力は年齢+1分と言われています。つまり3歳なら4分です。
そのため教室では、1回のレッスンで7〜9項目を数分ずつ行っています。それでもイヤイヤの日には、指導できない項目がいくつもあったりします。
今はそういう時期なので、お家でも「数分でも良し」と考えてください。
おやつの前に1回だけ弾く、お風呂の後に1回だけ歌う、というように、小さい一歩にして、毎日の生活習慣とセットにして取り組んでください。
まだ1人で取り組める年齢ではありませんから、お子様にやらせる考え方ではなく「ママもやりたい」の方が、お子様も安心します。
取り組み方には、お子様が面白がったり、興味を持ってくれるような条件を1つ付けてみましょう。
例えば「リスのこもりうた」なら「○ちゃんは赤ちゃんリスになってね、ママはお母さんリスになるから、お布団で一緒に歌おう」というような方法です。
最後に
2歳から3歳の幼児期にレッスンを始めることは、脳の発達に多大なメリットをもたらします。
特に音楽の土台になる音感トレーニングは、早く始めるほど効果が上がりやすく、運動機能も合わせてトレーニンングすることで、全体的な発達にも繋がると感じています。
こうした力は、音楽だけでなく、将来的な学習能力や情緒の安定にも良い影響になると考えています。
この記事について
この記事は、40年近い指導経験と、音楽と指導法の研究、発達障害支援の研鑽、シンポジウム登壇や指導現場でのフィードバック、関連書籍からの情報を基にして書いています。記事の内容は私見であることをご了承ください。古い記事は適宜更新し、今お役に立つ記事を心がけています。プロフィール