ビジョントレーニングは、視覚機能の向上を目的としたトレーニング方法です。神経発達症(発達障害)の支援として行われることもあります。今回は、ピアノやエレクトーンの練習とビジョントレーニングの関係について、まとめてみました。
ビジョントレーニングとは何か
ビジョントレーニングは、視覚機能を改善するためのエクササイズです。
ツールを使って、焦点合わせをしたり、追従運動、視覚の認識力を高めるエクササイズ、視覚と手の協調性を強化するエクササイズなどがあります。
こうしたトレーニングを通じて、学習や日常生活の様々な困り事を改善する手助けを目指しています。
神経発達症の子供たちの中には、視覚処理能力に課題を抱えるお子様も多く、それが原因で学習や日常生活で困りを感じることもあります。
ビジョントレーニングは、そうした際の支援としても行われています。
役立つ理由
ビジョントレーニングがピアノやエレクトーンの練習に役立つ理由は、視覚と運動との統合にあります。
演奏中は、楽譜を読んで(視覚)、それを手の動きに変換して鍵盤を弾く(空間認識と運動)、という複雑なことをしているのです。
視覚情報を処理して、運動の計画を立てて、弾き終えるまで一貫して実行する、という一連のプロセスが、自分でスムーズに行えるようになると、演奏も安定します。
ビジョントレーニングは、そのための基礎的なエクササイズになるので「正しく読んで弾く」という練習に繋がります。そうすることで、演奏時のミスが減って、スムーズな演奏に近づきます。
楽器練習に役立つメリット
視覚と手の協調性を高める
演奏中は、楽譜を読みながら指を動かすので、視覚と手の協調運動が必須です。ビジョントレーニングをすることで、視覚から入った情報を早く正確に処理する能力と、目から手の動きへ反映させる能力が強化されます。
集中力の強化
目標から視線が外れやすいと、集中力も他へ流れやすくなります。
ビジョントレーニングを通じて、集中して読む・見る事ができるようになることで、長時間の練習でも集中力が続きやすくなります。
空間認識力の改善
ピアノの鍵盤は左右に広がっており、エレクトーンの鍵盤は縦に3段重なっています。
ここで演奏をするためには、空間認識力(物の場所や大きさ、周囲との関係を把握する力)が必要になります。
ビジョントレーニングは、鍵盤の位置や指の動きを瞬時に、そして正確に把握する能力を強化するのにも有効です。
トレーニングのメニュー5つ
レッスンや自宅で簡単に取り入れられるビジョントレーニングのメニューです。ご家庭でできるトレーニングの書籍もたくさん出版されています。ご自分に合うメニューを見つけてください。
①眼球運動のトレーニング
楽譜の左端と右端を見ながら、目を左右に動かす練習をします。
顔が動かないように注意して、1段目、2段目、と言いながら、目だけをゆっくりと動かしましょう。
このトレーニングは「どこを読んでるか分からなくなった」というお子様にも、楽譜を読むスピード上げたい方、正しく読みたい方にも向いています。
②焦点合わせの練習
近くの物(鍵盤)と遠くの物(楽譜)を交互に見る練習をします。
鍵盤に両手を置いて、右手の1の指先と楽譜の1つ目の音符をゆっくり目で往復しましょう。慣れたら同じように、左手の1の指と1つめの音符をゆっくり往復します。
やり方に慣れたら、他の指に変えたり、目標の音符を「3段目の3小節めの3つ目の音符」など、難易度を上げてみましょう。
演奏中、視線が楽譜と鍵盤を往復するうちに「どこを弾いてるか分からなくなった」など、迷子になりやすい方にもお勧めです。
③視覚追従トレーニング
振り子式のメトロノームを動かして、一定のリズムで動くものを目で追いかける練習をします。
振り子式のメトロノームが無い方は、アプリのメトロノームで音を鳴らす方法をご紹介します。2人組で行い、A4のコピー用紙1枚とペン1本を使います。ペン先にシールなどを貼ってください。
メトロノームの音に合わせて、保護者様が紙の上でペンを左右に動かしてください。お子様はペン先のシールを目で追います。
多くの教本や曲集は、1ページの大きさがA4サイズです。使っている教本が横開きの場合は、コピー用紙も横置きにしてください。
テンポはゆっくりからスタートし、数分で終えてください。
こうしたトレーニングを毎日少しずつ積むことで、リズム感と視覚追従能力の向上に繋がります。
④視覚と運動の協調トレーニング
弾き始めの基礎セット「音符・指番号・鍵盤位置」を素早く認識して弾くトレーニングです。
2人組で行います。保護者様は、楽譜の中にある音符をランダムに指差してください。お子様は、それを見たら瞬時に弾きます。指番号も忘れずにみてください。
ドレミ読みが不安定なお子様は、すでに弾き終えた曲、得意な曲の楽譜を使います。
これは、ふだん指番号を見落としがちの方や「ドレミは読めるけど1オクターブ間違えて弾いてしまう」という方にも向いています。
⑤空間認識力を高める練習
鍵盤の位置を正確に把握するためのトレーニングです。
ピアノの鍵盤は左右に広がっていますし、エレクトーンの鍵盤は縦3段に重なっています。パッと見で、1つの鍵盤を捉えるのは少々難しい形です。
ですから、ある程度は鍵盤から目を離しても弾ける力(ブラインドタッチ)をつけましょう。
まず目を開けた状態で、どれか1つの鍵盤を決めて、その位置を確認しておきます。次に、目を閉じて、その位置を思い出しながら弾いてください。
これは、視覚だけに頼らなくても鍵盤の位置を把握したり、指の動きを感覚的に把握する能力を高める練習になります。
視覚と運動の協調を強化するので、手を見ないで弾けるようになりたい方、ブラインドが苦手の方に向いています。
トレーニングを行う際の注意点
ビジョントレーニングは、専門的な知識が必要な場合があります。必要に応じて、視能訓練士や、神経発達症/発達障害の医師や専門家の指導を受けることをおすすめします。
過度の負荷を避ける
ビジョントレーニングは目と脳に負荷がかかります。特に発達凸凹を持つお子様は無理をしないことが大切です。
数分のトレーニングに留めて、難易度を徐々に上げてみてください。
休息を適切に取る
長時間のトレーニングは疲労を招くので、かえって逆効果になります。休息を取り入れながら進めましょう。
楽しい要素で
お子様の場合は、楽しんで取り組めるようにゲーム感覚で行えるトレーニングが効果的です。例えば、視覚追従トレーニングでは保護者様が目的を動かすなどして、数分で終えてください。
この記事について
この記事は、40年近い現場での指導経験と、音楽・指導法の研究、神経発達症(旧名称:発達障害)支援の研鑽、シンポジウム登壇とフィードバック、関連書籍からの情報を基にして書いています。記事の内容は私見であることをご了承ください。古い記事は適宜更新し、今お役に立つ記事を心がけています。プロフィール