エレクトーンを弾く手

エレクトーンってどんな楽器?

投稿日

今回は、エレクトーンの仕組み、機能や音色の特徴、そして脳にどんなメリットが期待できるかにも触れていきます。

エレクトーンはヤマハが製造する3段鍵盤の楽器で、1959年に登場しました。今では、ストリートピアノのように野外に設置されることも増えましたが、地域によっては、間近に見たことがない方も多いと思います。

体験レッスンや、ご入会して間もない方とお話しをしていると「教室に来て、初めてエレクトーンを見ました」という方が多く、「エレクトーンとピアノの違いはよく知らない」「やってる人が多いからピアノの方がいいかなと思った」「手も足も使うから難しそう」という声もお聞きします。

そこで今回は、エレクトーンの特徴について取り上げてみます。教室でエレクトーンを聴いた、弾いたことがある、という方のためにも、少し掘り下げたところまで取り上げます。

エレクトーンの特徴

鍵盤が3つあるからできること

エレクトーンには、上鍵盤、下鍵盤、足鍵盤の3つの鍵盤があるので、複数のパートを同時に演奏することができます。例えるなら、合唱の全パートを一人で同時に弾くような感じです。

それぞれのパートの音色を変えたり、パート数を増やしたり、組み合わせ方を複雑にしたり、様々な方法で弾けるので、少人数から大編成まで音楽表現ができます。

上鍵盤

主に右手で弾きます。主旋律(メロディー)やリードパートを演奏することが多いので、高音域のパートでよく使われる楽器の音が充実しています。複数のパートを右手1本で弾くこともあります。

下鍵盤

主に左手で弾きます。伴奏パートや、ハーモニー(和音)を演奏することが多いので、自動機能で複雑な伴奏に変換して鳴らすこともできます。自動機能を使わずに、左手1本で複数のパートを弾くことも多いです。

足鍵盤

主に左足で弾きます。高音域を弾く場合は右足も使うことがあります。曲のベースラインを演奏することが多いので、低音域〜低音域の音色が充実しています。自動機能で複雑なパターンに変換して鳴らす機能もあります。

エレクトーンは、これら3段の鍵盤があることで、大編成のオーケストラのような分厚いサウンドを1人で演奏することもできます。

自分だけの音色も作れる

エレクトーンには、弦楽器、金管楽器、木管楽器などオーケストラで使われる楽器の音色や、ピアノ、オルガン、ギターやハーモニカ、シンセサイザーなどの電子音や民族楽器もあります。

打楽器も豊富で、スクラッチ、動物や人の声、短いセリフ、ドアを開け閉めするようなSE(効果音)も内蔵されています。

音色が多いだけでなく、音色を変化させるエディット機能を使って、独自の音色を作ることもできます。

タッチ加減で音色や音質が変化する

鍵盤1本1本の下には、指のタッチ加減を読み取って、再現してくれる仕掛けがあります。タッチ加減によって、音の質や強弱など、さまざまな変化を加えられます。

どの音色を、どんなタッチ加減で、どんなふうに変化させるか、など予め設定しておくこともできます。

こうしたタッチコントロールのスキルは大切な基礎技術です。タッチのコントロールをすることで、感情移入しやすくなったり、いわゆる「歌心」を感じられる表現にも繋がります。

鍵盤が軽いからできること

エレクトーンは鍵盤が軽いので、楽に打鍵ができます。

指が弱い幼児期はまだ打鍵が不安定なので、ピアノの場合は弦をしっかり鳴らせなくて、音がかすれることがあります。

エレクトーンの場合は、幼児期でも、利き手でなくても、弾けば音が出ます。そのため幼児期から両手奏に入ることができます。

タッチの設定を工夫することで、幼少期からタッチと音の関連を意識づけることが容易になります。

スーパーなボイス群がある

スーパー・アーティキュレーション・ボイスと呼ばれる音色群があります。楽器特有の表情をつけて弾くことができる、特別な音色たちです。

例えばギターのチョーキングや胴を叩く音、弦が擦れる「チャッ」という音、バイオリンのポルタメント、グリッサンドなど、非常に多くの種類があります。

こうした表情付けは、指のタッチ加減や、スラーなどの弾き方の加減、足元のスイッチで変化を出します。弾きながら変化を出せるので、リアルタイム演奏(生演奏)でも大きな効果を生みます。

ここに、前述の高性能なタッチ機能が加わると、表現の幅が大きく広がります。

このように、たくさん音色があるだけではなくて、楽器の特徴にこだわった、細かなニュアンスまで表現できるのも、エレクトーンの特徴の1つです。

自動で動く・鳴く機能もある

エレクトーンには、自動で動く機能もあります。曲の途中でリズムや音色を変えたり、伴奏を鳴らしてくれたり、あらかじめ録音した音に合わせて弾く機能もあります。

まだ両手で弾けない学習初期や、複雑な伴奏が弾けない初級の時期でも、こうした機能を使うことで、オーケストラと一緒に弾くような豪華な音を楽しむことができます。

また、XG音源やMIDIも使えるので、外部との連携も楽しめます。

脳へのメリット

一昔前、ピアノを演奏している人の脳が広範囲にわたって活発に動いていることがテレビなどでも広く知られました。脳の活動範囲を可視化する実験で、脳の一部が光る映像や画像を覚えている方もいらっしゃると思います。

それは、光っている部分の機能が良くなると言う意味ではなく、何もしていない安静時に比べて活発に動いている、と言うことです。

脳画像、光るだけでは意味がない(ON-KEN SCOPE)

楽器の演奏によって刺激を受けている部分が、脳の広範囲に現れている、ということです。そこにはどんなメリットが考えられるのかをまとめてみました。

1. マルチタスキング能力の向上

「人間の脳は一度に複数の作業をこなすには不向きである」ということが分かっています。

スタンフォード大学:神経科学ニュース

人の脳はマルチタスクには向いていない、と言うことです。複数の作業を同時進行すると集中力が分散してしまって、どの作業も中途半端になりやすいからです。

そうは言っても‥

生活や仕事の中で、マルチタスクが必要な場合もありますよね。例えば、子供の宿題を見ながら買い物のリストを書く、台所で複数の料理を同時進行で調理する、といった場面です。

つまり、人間の脳はマルチタスクには向いていないけれど、日常生活の中で必要になる場面はたくさんある、ということです。

それなら、一点集中が向く作業はシングルタスクで、効率を上げたいときはマルチタスクで、と使い分ければ良いわけです。

エレクトーンを弾く、もマルチタスク

エレクトーンは、両手両足がそれぞれ別の動きをしながら弾く楽器です。弾く以外にも、楽譜を見る、音を聞き比べる、もしています。

さらに、弾く以外の動作もしています。右足の指の近くにあるスイッチを操作したり、右足や左足のペダル(鍵盤ではないペダル)を操作したり、右膝で動かすレバーを操作したり。

こうした、自動機能以外の「手動スイッチ」を使えば使うほど、同時進行で行うことが増えます。

エレクトーンは、こうして脳の広範囲が同時に活発に動くことになるので、マルチタスキング能力が自然に強化されていきます。

また、前頭前皮質(前頭葉の前の方)が鍛えられることで、注意力や作業記憶の向上も期待できると考えられます。

2. 聴覚処理能力の強化

エレクトーンは、さまざまな音色に切り替えて弾いたり、タッチ加減で音質や強弱を変化させたりします。ですから、頻繁に変わる様々な音色、音質、変化の具合などを聞き分けながら弾くことになります。

こうした演奏や練習は、聴覚処理能力の強化に繋がります。音の微細な違いを認識する能力が高まるので、弾くだけでなく、音楽鑑賞でも音楽の変化を聞き取る力が育ちます。

3. 情緒の安定とストレス軽減

楽器の演奏は、指だけでなく体全体を使うので、脳のさまざまな領域を同時に刺激します。譜面を見ながら演奏すると脳の認知機能までフル稼働します。

瀧 靖之氏(東北大学)

音楽を創造する行為は、脳の報酬系を刺激して活発にするので、脳内のドーパミンやエンドルフィンといった幸福ホルモンの分泌を促進します。そのため情緒の安定やストレスの軽減にも役立つと言われています。

エレクトーンは、クラシックでも打ち込み系でも、幅広いジャンルの曲を自分のイメージに寄せて表現できる音、色と機能を持っています。

弾きたい曲を弾きたいイメージで弾くことで、気持ちをリフレッシュしたり、好きな曲を弾いた快感を感じたりして、日常生活のストレスから解放される時間を持つことができます。

4. 協調運動能力の向上

エレクトーンの演奏には、視覚や聴覚だけでなく、両手両足の協調運動が必要です。さらに、両手両足が動くので、体幹でバランスをとって座らなければなりません。

全身を使って演奏することになるので、脳の運動野が活性化され、手足の協調性も強化されやすいです。そうして脳内の神経回路の形成を促すので、リズム感だけでなく、運動能力全般の発達にも効果が期待できます。

5. 創造力の向上

エレクトーンは、演奏者が自由な発想で、独自の音色やリズムパターンを作って弾くことができる楽器です。

幅広い音楽ジャンルを演奏できるので、編曲や作曲にも適しています。即興演奏の指導も、一般的によく行われています。

幼い子供たちでも「ボタンを押して音色を選ぶ」という簡単な方法で、イメージを引き出すことができ、子供らしい突飛な発想が生まれても、それに応えてくれる楽器です。

想像やイメージを繰り返したり、音色や曲を作り出すとき、人の右脳は活発に動いて創造力を押し上げてくれます。

まとめ

子供達の作品の中で、私が過去イチ忘れられないのは、小学校低学年の男の子が作った「蚊」という曲です。

蚊の羽音と両手で蚊を叩く音だけで作られた曲ですが、ストーリーがあり、「いかにも!」と言う音色で構成されていて、個性が際立つ作品でした。

教室では、自分で何かを生み出す経験を通じて、自分らしさの発見を促すことを指導理念に位置付けています。

エレクトーンは、創る楽しさを知るには、もってこいの楽器です。レパートリーを弾くだけでも、脳の発達にメリットをもたらしてくれるので、広い年齢層に向いています。

自分のイメージを音にして奏でながら、体全体でエレクトーンの音色を楽しんでいただけたら嬉しく思います。


この記事について

この記事は、40年近い現場での指導経験と、音楽・指導法の研究、神経発達症(旧名称:発達障害)支援の研鑽、シンポジウム登壇とフィードバック、関連書籍からの情報を基にして書いています。記事の内容は私見であることをご了承ください。古い記事は適宜更新し、今お役に立つ記事を心がけています。プロフィール